2018年07月01日

西武球場の真ん前に「太田道灌の御神木」

先日知人から西武球場の真ん前の寺に、「太田道灌の御神木」があると聞きました。「えー」と私はびっくり仰天です。そこは、東大和市の我が家から車で10分のところです。私は道灌の史跡調査で越生、秩父方面へ行くため、多摩湖を横断し、月に数回西武球場前を通っています。行ってみると、確かに「太田道灌の御神木」がありました。「灯台もとくらし」とはこのことです。
西部鉄道狭山線の西武球場前駅は野球ファン専用の駅です。西武球場正面(南側)に狭山山不動寺があり、その山門右手に「太田道灌御神木」と説明板があります。
2018-05-21 01.31.40.jpg
(御神木の説明板)
説明板にいう「御神木、この銀杏の大木は、江戸城を築いた太田道灌が城砦を構えていた城山城跡にあったものである。徳川時代から今日まで御神木として崇敬された。関東大震災の時は、大勢の人がこの大樹の下に寄って難をまぬかれ、神験のあらたかさを喧伝されたものです。その後区画整理の際、樹齢五百年のこの大木を切るに忍びず、当境内に移植して造化の神秘をしのぶよすがとし、社会科の教材として保存することにしたものです」
2018-05-15 道灌の御神木.jpg
(太田道灌の御神木・大銀杏)
2018-05-15 御神木の幹.jpg
(御神木の幹)
狭山山不動寺は、埼玉県所沢市上山口にある天台宗別格本山の寺院です。山号は狭山山、寺号は不動寺、本尊は不動明王、埼玉西武ライオンズが必勝祈願を行う寺として知られています。
1975年(昭和50年) 西武グループが各地にプリンスホテルを建設した際に、東京プリンスホテルの近くの芝増上寺をはじめ隣接する各地の文化財を、西武鉄道終点のこの地に集めました。そして西武鉄道が、当時のオーナーであった堤義明氏と親しかった寛永寺の助力を得て、天台宗別格本山として不動寺をこの地に建立し、集めた文化財を境内に設置しました。
2018-05-21 01.49.09.jpg
(不動寺の勅額門・)
不動寺にある文化財は次のようなものです。
勅額門=(ちょくがくもん)増上寺にあった徳川秀忠(台徳院)の廟から移設しました。後水尾天皇の筆による『勅額』門とされ、国指定重要文化財です、
御成門=(おなりもん)増上寺にあった徳川秀忠(台徳院)の廟から移設しました。
総門=長州藩主、毛利家の江戸屋敷に建てられた門で、素材はすべてケヤキです。
その他各地の由緒ある建造物やたくさんの石灯篭があります。
2018-05-15 本堂と石灯篭.jpg
(本堂と江戸時代の石灯篭)
さてところで、道灌の御神木の説明板にある「城山城跡」とはどこでしょうか。私は、いろいろな人に聞きまわり、ようやくわかってきました。
東京都港区の東京プリンスホテルの周辺には、亀塚公園、愛宕山、仙石山など太田道灌が出城を築いた場所がいくつかあります。仙石山には道灌の時代に、江戸城の出城として番神山城(太田道灌塁)が築かれ、その城域は現在の城山トラストタワーやホテルオークラのあたりまでつづいていたと思われます。城山を開発するとき、道灌の御神木と伝えられる樹齢500年の大銀杏は、伐採するには忍びがたく、プリンスホテル社長堤義明氏の英断で不動寺に移植されたもの思われます。堤氏は、とかくの非難を浴びながらも都市開発のため、その他多くの歴史的な建造物を所沢の田舎の寺の境内へ次々と移動させました。日本の高度成長時代の財界の巨魁の剛腕と財力には、唯々驚くばかりです。
おかげで、おそらくは道灌手植えの大銀杏は、都塵をはなれた静かな山里で、涼風に吹かれて蘇生し、年々美しい若芽を伸ばしています。不動寺の境内は広く起伏に富み、そこには一基の墓もなく祈祷所が一か所あるだけです。したがってそこはまるで文化財の展示場のようです。
2018-06-04 東京プリンスホテルt.jpg
(東京プリンスホテルと東京タワー)
東京都の港区立郷土資料館で職員に訊くと「東京プリンスホテルができた頃に、多くの文化財等が所沢に移動されたことは承知しています。しかし当時は、東京オリンピック(1964年)もあったので、この地域の再開発のどさくさで、どれだけの文化財が移動されたかを記録にとってはありません」とのことであります。
所沢に移動された文化財等は、歴史的にまた美術的にも一見の価値があります。ここは、道灌の御神木の説明板にあるように、社会科の勉強のためにも一度は来るべきところです。

2018年07月16日

道灌紀行ニュースNO.12

1.第19回「太田道灌の集い」平成30年7月29日(日)(伊勢原市)
太田道灌大河ドラマ推進実行委員会は、道灌の大河ドラマ要望の署名が、5月末に15万2千筆を越えたと発表しました。その盛り上がりの中で、恒例の太田道灌の集いは、平成30年7月29日(日)伊勢原市市民文化会館ホールで、開催されます。
2018-07-16  道灌の集いチラシ.jpg
(「道灌の集い」チラシ)
第1部 午後1時より・文化・芸能発表
尺八演奏
成瀬児童合唱団
民謡踊り・友遊庭
伊勢原手作り甲冑隊
第2部 午後2時より・あいさつと報告
太田資暁 道灌の集い会長
伊勢原市長(予定)
伊勢原市議会議長(予定)
衆議院議員(予定)
他県市町自治体の報告
第3部 午後3時より・芸能発表
歌手 小倉恵子さん
舞踊 五条詠寿郎さん
落語 三遊亭遊吉師匠
三上利栄実行委員長は「多くの人々が、お気軽に来場してくれるよう望んでいます」と語っています。

2.伊勢原市議会「太田道灌大河ドラマNHKへ要望」を決議
7月29日の第19回「太田道灌の集い」を間近にして、伊勢原議会6月定例会において「太田道灌をテーマしたNHK大河ドラマ誘致についての決議」を満場一致で可決しました。
決議は、道灌の墓所が市内にある経緯に触れ、「道灌の活躍の足跡は、関東各地に残され、ゆかりのある各地の自治体にとって地方創生の観光資源となる」と述べています。
IMG_5779.JPG 
(伊勢原市役所前の太田道灌銅像)

3.太田図書の墓前祭(佐倉市)
2018年7月14日(土)午前11時より、佐倉市の臼井城址公園で太田図書の墓の墓前祭が行われました。主催した臼井文化懇話会の岡野敦会長、中野英樹相談役、吉田とく名誉理事また太田家から太田資暁氏、太田盛明氏、佐倉市教育委員会の関係者など約20名が参列して、厳粛に執り行われました。
太田道灌の弟、太田図書之助資忠は、1479年(文明11年)7月15日、臼井城の合戦で壮烈な最期とげ、その場所に葬られました。
2018-07-13 21.18.04.jpg
(太田図書の墓)
法要のあと、市内で懇話会が行われ、太田図書の墓建立の経緯や太田道灌大河ドラマへの期待など、話が盛り上がりました。

posted by otadoukan at 16:57| Comment(0) | 道灌紀行ニュースNO.12