2016年11月01日

道灌紀行ニュース NO.2

   大田道灌と長尾景春の最終戦の地、熊倉城址探訪(秩父市)                                
さる10月29日(土)埼玉県秩父市荒川で第2回目の熊倉城址探訪が行われました。この企画は、NPO法人「秩父の環境を考える会・山里自然館」の主催で行われ、昨年第1回が行われたところ好評であったので、今年第2回目が、好天に恵まれて27名が参加して行われました。
一行は、朝9時に山里自然館(道の駅あらかわ)に集合し、地元郷土史家の先導で説明を聞きながら、徒歩で約1時間林道を登りました。城址には、堀切、犬走り、大手門、土橋、空堀、土塁、連格式の三つの郭が良好に残されていて、本郭と二郭の間にリニュウアルされた秩父市教育委員会の説明板があります。周囲はどこも急峻な崖となっていて、長尾流の縄張りが実感されます。郭の際には、犬走りならぬけもの道が続いているので、鹿や猪が隊列をなして走っていると思われます。
熊倉城址.JPG
(中央の山が熊倉城址)
IMG_6721.JPG
(途中、伝承の説明板を見る一行)
4.熊倉城址説明版.JPG
(秩父市教育委員会の説明版)
4.熊倉城址けもの道.JPG
(本郭際のけもの道)

「太田道灌状」には、「(文明12年6月13日、太田道灌は秩父御陣で)先ず日野城(熊倉城)落居を急ぐべく旨仰せ蒙り候間、色々様々心を尽くして仕り候故、彼の城討ち落され候事、是又道灌の功に非ず候哉」とあります。景春軍はこの城に約10日間籠城したあと、道灌軍に水の手を絶たれて落城しました。
歴史の現場に立つと、「場の理論」により、その時の戦の状況が「色々様々」に思い浮かんできて話が弾みました。一行には、茨城県からきた熊倉さんや熊倉城址の地主である、地元の黒沢さんなども参加して貴重な話を聞くことができました。
posted by otadoukan at 14:19| Comment(0) | 道灌紀行ニュース NO.2
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