2016年12月01日

道灌紀行ニュース NO.3

大田道灌と長尾景春の激戦の地、鉢形城址探訪(寄居町)                               
江戸東京博物館友の会のえど友サークルの中に、道灌倶楽部という、約150名のサークルがあり、太田道灌ゆかりの地を精力的に歩き回っています。
さる11月27日(日)には、道灌倶楽部が太田道灌と長尾景春の激戦地、埼玉県寄居町の鉢形城址を探訪しました。この日参加したのは首都圏からの24名です。一行は、寄居駅から歩いてまず鉢形城歴史館を訪問し、特別展「関東の武具」(関東5枚胴具足を中心に)を見学し、前館長からの懇切丁寧な説明を聞きました。そのあと、地元のボランティアガイド3人の案内で鉢形城址全体を見学しました。東京ドーム5個分の広さがある城域なので歩き甲斐がありました。
正喜橋からの荒川.JPG
(正喜橋からの荒川)
城域の模型を見る.JPG
(城域の模型を見る)
1476年(文明8年)6月、長尾景春が、山内上杉家家宰人事の不満を引き金にして鉢形城に拠り反乱を起こしました。1478年(文明10年)太田道灌が鉢形城を攻撃して景春を秩父へ追い、関東管領山内顕定に鉢形城入城を勧めました。その後1560年(永禄3年)頃、北条氏邦がこの城を居城としました。
このあたりは交通の要衝で、秩父往還道と鎌倉古道上道(かみつみち)の交わる地点でした。荒川の絶壁上にある本曲輪跡には、田山花袋作、武者小路実篤書の文学碑がありいわく、
「襟帯する山河好く、雄視する関八州
古城の跡空しく在り 一水尚東へ流る」(読み下し文)と。
本曲輪の文学碑.JPG
(本曲輪の文学碑)
障子堀跡を見る.JPG
(二の曲輪の障子堀跡を見る)
外曲輪の土塁跡.JPG
(外曲輪の土塁跡)
ガイドの説明にしたがい、鉢形城歴史館を出発して外曲輪、二の曲輪、三の曲輪。本曲輪と見て回り、15時頃終了して万歩計を見ると、ちょうど1万歩でありました。ここは国指定史跡でよく整備されています。どなたにも、一度はおいでいただきたい所です。
posted by otadoukan at 08:26| Comment(0) | 道灌紀行ニュース NO.3
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