2019年02月08日

道灌軍の進軍ルート(江戸城ー笛吹峠)

戦記物に軍勢の移動ルートや駐屯地のことはほとんど記されていません。しかし実は、このことは移動する軍勢にとっては極めて重要なことです。司令官がルートの決定を誤れば、兵は徒に疲弊し甚だしい場合は餓死します。太田道灌軍は五十子、用土原、鉢形城など武蔵中原へはたまた広馬場など上州の山麓へしばしば進軍しました。そのとき道灌軍はどのようなルートで移動してどこに駐屯したかを考察してみます。
今回は江戸城から笛吹峠(埼玉県鳩山町)までのルートを辿ります。
  
1. 江戸・河越間 
現在、東京都千代田区と川越市の間には、川越街道(国道254号線)があります。道灌の時代に江戸城と河越城の間には、鎌倉街道上道(かみつみち)の脇街道があり、それは現在の川越街道とほぼ一致するものでした。岡城(朝霞市)は伝城(つたえじろ)として足軽隊の休憩場所、食料の貯蔵や幕営用具の保管の場所として役割を果たしていたと思われます。岡城は江戸城と河越城のほぼ中間にあり、三つの郭を持ち小振りながら一種の道灌がかりです。
『太田道灌状』第11段に「(豊島氏の妨害で)江戸・河越通路不自由により」とあるので、道灌の時代には、古道をつなぎ合わせて江戸・川越間に立派な軍用道路が出来上がっていたと思われます。
 岡城址.JPG 
(岡城本丸跡)

2. 河越・苦林間
埼玉県毛呂山町の苦林(にがばやし)は鎌倉街道上道の遺構と宿場跡があることで知られています。
1477年文明9年、小机城(横浜市)の矢野兵庫助が長尾景春と示し合わせて河越城攻撃をもくろみました。矢野軍が一気に上道を北上して苦林に着陣したとき、太田資忠と上田上野介の軍勢が河越城から出撃して苦林で矢野軍と遭遇しました。矢野軍は太田軍を追ったものの勝原(すぐろはら)で馬返しの策にはまり敗れました。
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(毛呂山町市場の鎌倉街道遺跡)
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(毛呂山町大類の鎌倉街道遺構)
『太田道灌状』第14段にいう「矢野兵庫助以下の者、河越城を押すため苦林へ陣を張り候処、河越留守の衆、(文明9年)4月10日に打ち出で、彼の陣際を相散らし兇徒を勝原に招き出だし合戦せしめ勝利を得候」と。
また『太田道灌状』第20段には「(文明10年)3月10日河越より浅羽陣へ差し掛り追い散らし候」とあります。
この記録によると河越城から浅羽(坂戸市)を経由して苦林宿まで道があったと思われます。このことについて、毛呂山歴史民俗資料館で学芸員に尋ねると、現在のところ川越と苦林の間に古道の遺構は発見されていないということです。遺構は発見されていなくとも古書の記録から言って間違いなく河越・苦林間に上道の枝道があったというべきでありましょう。今日の川越坂戸毛呂山線すなわち県道39号線は、そのなごりであると推測します。
大類に残る鎌倉街道遺構を見ると道幅は3〜5mで、古老が「棒道」と呼んだごとくどこまでもどこまでも南北まっすぐです。

3. 苦林・笛吹峠間
毛呂山町の苦林から越辺川(おっぺがわ)の渡河点を越えてまっすぐ北上すると鳩山町のおしゃもじ山へきますが、そのあたりまでは古道の遺構が発見されていません。おしゃもじ山から埼玉県道171号線を北上して鳩山町役場を通過してさらにまっすぐ北上して国道41号線で笛吹通りに入ります。
少々の坂道を登ると頂上が笛吹峠です。鎌倉街道唯一の峠で昔は難所でした。この峠を、太田道灌をはじめ多くの武人、農民、巡礼者、佐渡への流人も通り、峠を挟んで度々合戦も行われました。
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笛吹垰碑 (1).JPG    
(笛吹峠の表示、説明板、石碑)
笛吹峠とは由緒ありげな名前です。鳩山町の説明板と観光ガイドブックにその由緒が記されています。
1352年(正平7年)2月25日、新田義貞の3男新田義宗ら2万の軍勢が宗良親王(後醍醐天皇の皇子)を奉じて足利尊氏の8万の軍勢と戦いました。戦の最中宗良親王は、月明かりの中で笛を吹いたとの伝承があります。新田軍はこの峠で「鳥雲の陣」をしいたものの敗れ、足利尊氏の室町幕府への道を開きました。
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(峠の頂上を貫く鎌倉街道上道・笛吹通り)
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(峠で鎌倉街道と直角に交わる慈光寺巡礼通り)
往時は、都幾川町の古刹慈光寺へ参る巡礼者たちもこの峠を通りました。この峠から秩父や上州の山々が見えるといわれてはいるものの今は、杉林のため眺望が遮られていて残念です。
鳩山町は、ど真ん中を鎌倉街道上道が貫き、笛吹峠のような史跡を持っています。鳩山町の名所名物は何?と問われたならば私は「鎌倉街道」と答えます。
24 鎌倉街道碑.JPG  
(笛吹峠の嵐山側の麓にある鎌倉街道碑)
この峠を下ると、菅谷原、高見原など中世の合戦場が開けてきます。
*「河越」は徳川時代になり「川越」と表記が変わりました。
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