2013年02月01日

波久礼の難所越え・景春の秩父ルート検証

波久礼(はぐれ)の難所は、埼玉県の寄居町と長瀞町の間の荒川沿いにあります。波久礼とは、秩父人にとっては古来、厭うべきイメージと同時になつかしい安堵感を呼びおこす地名でありました。そこは、切り込んだ荒川の急流の上に尾根の崖がそそり立ち、人も通れず物も運べない難所となっていました。しかし、その難所のおかげで、秩父はむかしから、武蔵国中からの直接的な攻撃を免れていたのです。波久礼の難所では、明治25年になりようやく道路が開通し、明治44年にはたいへんな難工事を経て秩父鉄道が開削されました。 
今回は、「長尾景春の伝承地を歩く会」のメンバーとともに総勢七人で、フィールドワークにより、太田道灌軍に追撃された長尾景春軍の秩父移動ルートすなわち波久礼の難所ルートを検証してみました。
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(矢那瀬集落から虎が丘城址を望む)

1478年(文明10年)太田道灌軍が鉢形城(寄居町)に拠る長尾景春を攻めたところ、景春軍は退散しました。「太田道灌状」にいわく、「(文明10年7月17日)未明に打ち立ち、道灌、景春陣へ馳せ向かい候処、退散せしめ候」と。その後上杉顕定は、道灌の「地形肝要」の勧めにしたがって、平井城(藤岡市)から鉢形城へ移り、武蔵と上野に目配りをしました。
1479年(文明11年)、長尾景春は長井城(熊谷市)へ拠り、古河公方の援軍を期待したけれどもそれは叶わず、道灌軍に攻められて再度秩父へ退却しました。「太田道灌状」にいわく、「同(文明11年)9月、景春長井城へ罷り移り、其れより秩父へ引き籠り候」と。
1480年(文明12年)正月、長尾景春は児玉(本庄市)で蜂起し、最期の反撃を企てました。しかし道灌軍の夜討ちを察して、なにもせずに三度秩父へ退散しました。「太田道灌状」にいわく、「(文明12年)正月4日、景春児玉へ蜂起せしめ候の間、(中略)その夜そのまま秩父へ退散せしめ候」と。
景春軍は1478年(文明10年)に、道灌軍に鉢形城を攻められたとき、おそらく鉢形城近くの釜伏峠を越えて秩父へ退散したと思われます。
しかしその後、上杉顕定が鉢形城に入城したので、景春軍は、当時の秩父往還メインルートであった釜伏峠を通れなくなりました。なぜなら、釜伏峠の登り口は、上杉顕定が入城した鉢形城の近傍であるからです。では、文明11年の景春秩父引き籠りと文明12年の景春秩父退散のとき、景春軍は、どのルートで武蔵国中より秩父へ移動したのでありましょうか。当時、武蔵国中はすでに、上杉軍とりわけ道灌軍の守備範囲になっていたので、景春軍は、波久礼の難所の上の峠を越えるしかなかったと思われます。

秩父鉄道の波久礼駅で降り、国道140号線を長瀞方面へ向かうと、すぐに矢那瀬という集落への入り口があります。八幡神社の際を抜け、農家の前を通過し、大槻(おおつき)峠を目指して山道に入ります。道標も案内板もないので、峠への取りつきを見つけるには地元の人に尋ねるしかありません。秩父路はいつも、特に人を招くこともなく来る人は拒まないという風情です。
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(大槻峠の馬頭観音板碑)
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(ゆるやかで広い尾根の道)  
山道は、傾斜も曲がりもゆるやかで幅は広く、馬が通ることができたことは一目瞭然です。20分も登ると大槻峠に着きます。この峠に馬頭観音の板碑があるので、かつてここを、馬が頻繁に通っていたにちがいありません。そこから、尾根沿いの広い道を行くと、深い堀切を三つ越えて、虎が丘城址の頂上へきます。虎が丘城址は、後北条時代に北条氏邦が鉢形城の支城として築いたもので、三段の段郭や堀切がたくさんあり、守備の砦としては立派なものです。豊臣軍により落城したあと、城の兵糧係り矢那瀬大学は城山の麓で帰農し、矢那瀬集落をつくりました。
城址にはあずまやがあり、晴れた冬の日の見晴らしは格別です。そこから秩父連山や荒川の流れ、はるかに東京スカイツリーも見えます。
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(虎が丘城址のあずまや)
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(東京方面を展望)
虎が丘城址から尾根伝いに進むと、築坂(つきさか)峠を経て、美里町の円良田(つぶらだ)集落へ抜けます。往時、秩父には牧がたくさんあり、小振りで足の強い秩父駒を育成していました。秩父駒であれば、この峠道を軽々と越えたと思います。長尾景春の騎馬軍団は、この峠道を抜けて、秩父と武蔵国中を往復し、神出鬼没の出撃を繰り返していたにちがいありません。
峠道には、動物の糞が落ちていました。秩父の郷土史家は、リックから手製のパチンコを取りだし、「猿の群れに出会ったら、これで脅かします」と言ってにやりと笑いました。秩父名物の山猿は、この辺ではどこからでもいつでも出てきます。私たちは、国道140号線へ戻り、長瀞方面へ車で少し走り、山の根の隠れ家のようなそば処で、うまいそばを食って大満足でした。
虎が岡城址(円良田城址)=埼玉県児玉郡美里町大字円良田字城山1846
この記事へのコメント
波久礼の難所越え・景春の秩父ルート検証: 道灌紀行は限りなく
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