2013年03月07日

五十子周辺の地名考察

埼玉県本庄市の国道17号線沿いに、東五十子(ひがしいかっこ)字城跡という地名があり、そこに五十子城址があります。1477年(文明9年)に、この地で長尾景春の乱が勃発したので、「太田道灌状」の第15段には、五十子城周辺の地名がいくつか登場します。しかし、それらの地名が、具体的にどこをさしているのか諸説があってよくわかりません。今回は、それらの場所を確かめるため、5回目の五十子城址訪問をします。
私は例によって、多摩地域から東村山、所沢、越生、寄居経由の道、つまり中世の鎌倉街道上道(かみつみち)沿いの田舎の街道を本庄市まで、車で約3時間突っ走りました。寄居町の鉢形城址から本庄市の五十子城址までは、県道31号線で約10キロであるので、往時は、道灌も景春もこの道を何回も往復したであろう、と思いを馳せながら北上しました。先ずは、本庄市役所に寄って教育委員会の文化財保護課でいろいろ教えていただきました。そのあとは地図を片手にして、ようやく吹き始めた春風の花粉をおそれながら、フィールドワークにでかけました。

@梅沢
日の出4丁目.JPG   
(本庄市日の出4丁目)
「太田道灌状」にいわく、「景春上州勢を引率((ひき)い、五十子・梅沢へ差し寄せ張り陣候。忠景申される如くは、梅沢へ懸かるべきの由、切所の事に候の間然るべからず候」。
教育委員会で示された、本庄市の小字名一覧によると、本庄市日の出町4丁目の、国道17号線と旧中山道が交差するあたりに、小字で梅沢という地域があります。そこはやや地勢が高く、五十子城址から西へ約1・3キロの地点です。
景春は、川むこうの上州玉村(群馬県玉村町)の長尾領の被官人や上州一揆を引き連れ、梅沢に張り陣したと思われます。山内上杉家の家宰長尾忠景は、直ちに景春を討つよう主張したけれども、扇谷上杉家の家宰太田道灌は、梅沢が攻めにくい難所であることを理由にして反対しました。道灌と忠景の作戦上の意見の違いは、頻繁に起こったけれども、孫子の兵法を究めて実戦経験が豊富な道灌が常に優位に立ちました。戦略戦術の達人であった道灌からみると、忠景の策は児戯に等しいものであったに違いありません。山内家は扇谷家より格上であったので、道灌は遠慮しながらも、忠景との不協和音にいつもいらだっていました。
五十子城址=埼玉県本庄市東五十子字城跡736‐1
五十子・梅沢=埼玉県本庄市日の出4丁目

A次郎丸
太田道灌状にいわく、「道灌存じの如くは、次郎丸より鉢形へ打ち上げ、御敵陣の間へ馬を入れるべく様の威しを成し候ば、確かに御敵は原中へ打出すべく候歟」。
次郎丸という地名は、他の資料には見えず、推測するしかありません。文意から推測すると次郎丸とは、五十子城と鉢形城の中間でかつ用土が原の近くと思われます。現在そのあたりの地名は、深谷市武蔵野であるけれども、かつては飯塚という地名であって飯塚館跡(萬福寺)があります。「太田道灌状」第6段によると、道灌が景春反乱の事を最初に知らせた相手は、山内上杉家の被官人であった飯塚次郎左衛門尉でありました。飯塚次郎はこのあたりに居住し、次郎丸とは、飯塚次郎の所領の中の駐屯地であった、と私は推測しています。
飯塚館水掘跡.JPG  
(飯塚館跡の水掘)
長尾景春が軍事行動を起こすとき、しばしば拠点としたのは飯塚であったので、飯塚氏は、そのときどきに応じて、道灌にも景春にも陣地を提供する一族であったのかもしれません。道灌と景春は親類であり、かつその勝敗はいずれともわからないときであったので、人間関係のしがらみや打算から二股膏薬をはる者がいても不思議ではありません。
次郎丸=(推定) 埼玉県深谷市武蔵野
 
B清水河畔の御陣
太田道灌状にいわく、「清水河畔の御陣場の事は、彼の大河を前に成され候の間、其の日も御滞留候は、御難儀となるべく旨存じ申し払い、次郎丸へ打ち立ち候間、御旗を進まされ候」。
本庄市の地図をみると、利根川沿いに御陣場という地名があり、近くに御陣場川という小川があります。その場所は、本庄市都島の利根グリーンセンターの付近で、坂東大橋のすこし上流です。堤防を越えると、だだ広い利根の河川敷が広がり、はるかかなたに坂東大橋の白い支柱がみえます。
錦の御旗を持った上杉顕定は、長尾景春軍が梅沢まで攻め込んできたので恐れをなし、北方の大河のほとりに御陣場を移したと思われます。その大河は、現在は利根川であるけれども、当時は烏川でありました。道灌が、なぜこの川を清水河とよんだのかはわかりません。当時、上州の山を下った清流が、特に清浄であったのでそのように呼ばれていたのかもしれません。
御陣場.JPG寄居町富田.JPG  
(寄居町富田の男衾自然公園)
用土が原=埼玉県寄居町用土
富田=埼玉県寄居町富田
    
posted by otadoukan at 17:19| Comment(7) | 五十子周辺の地名考察
この記事へのコメント
Posted by vyeilxyql at 2014年12月11日 07:45
Posted by 革専門の服屋 at 2014年12月13日 15:56
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