2012年01月30日

都心の道灌有縁の社・さらに2か所

読者からの情報により、日本橋界隈の道灌有縁の社(やしろ)をさらに2カ所訪ねます。
東京メトロ日比谷線の人形町駅から地上に出ると甘酒横丁の交差点があります。甘酒横丁と反対側の道を3分も行くと日本橋小学校の建物が見えます。そのあたりできょろきょろすると小網神社への案内標柱が目につきます。この神社もまた、都心のビルの谷間にある小さいけれども由緒ありげな神社です。鳥居の右側に由緒書きがあり、次のように記されています。
「当神社は伊勢神宮を本宗として、文正元年(1466年)今より約550年前に、商売繁盛、疫病鎮静の神として鎮座した。(中略)その後太田道灌は当社への崇敬篤く、時折参拝し、社地を奉じ社殿を造営したといわれる。社名も公の命名によると伝えられる。(後略)」
小網神社.JPG    
(小網神社) 
小網神社由緒.JPG
(由緒書き)
境内には、1929年(昭和4年)の造営になる社殿と神楽殿があります。この神社は、小網町および人形町の一部の氏神として、東京下町の人々の信仰を広く集めています。私が見ている間にも参詣の人が絶えませんでした。出口の見えない不況のご時世のためか、カバンを提げた立派なサラリーマン氏も少なくありません。その中には、賽銭を上げないで拝んでいくだけのちゃっかり組もいます。
小網神社は中央区民文化財に登録されています。

人形町から都営浅草線で二駅移動すると浅草橋へきます。浅草橋駅から南へ3分も歩くと浅草橋があり、橋の上から赤ちょうちんをつけた船がたくさん見えます。橋をわたってすぐに郵便局があり、その隣のビルの二階に初音森神社があります。ビルの入り口に由緒書きがあり、次のように記されています。
「当社は、元弘年間(1330年頃)に創祠され、豊受比売命を祀る。文明年中太田道灌公により大社殿が建てられた。(後略)」
往時、この方面は江戸城の鬼門であったので、道灌は大社殿を建立して悪鬼を追い払おうとしたと思われます。このあたりは初音の里とよばれ、近くに初音の森があったそうです。
明暦の大火後に、初音神社の本社は墨田区に遷宮したけれども、儀式殿は昭和23年に旧蹟に戻り、さらに昭和48年近代建築すなわちビルの二階に鎮座したということです。
初音森神社.JPG     
(初音森神社儀式殿)
初音森神社由緒.JPG
(由緒書き)
人間がマンションに住む時代ですから、神様がビルの二階に住んでいてもふしぎではありません。「土一升は金一升」といわれる東京のど真ん中でも、神社が存在しつづけるということは、神様が人間と生存競争をして負けていないということの実証です。
小網神社=東京都中央区日本橋小網町16‐23
初音森神社=東京都中央区東日本橋2丁目27‐9