2012年02月09日

道灌の物見台、亀塚(191か所目)

私の「道灌紀行」もお陰さまで、今回191か所目の太田道灌関連史跡(伝承地も含めて)探訪となりました。今回より200か所を目指してカウントアップをしていきます。今年は道灌の江戸城築城555年の佳節でありますので、今年7月の道灌忌までに200か所探訪を達成できるように頑張ります。

JR山手線田町駅から国道15号線を5分も歩き、札の辻の交差点を直進します。すこし進んでから右へ入って高台へのぼると亀塚公園へきます。比較的に東京湾に近いところで急坂に出合うのでびっくりします。このあたりの低く平らな地域は、道灌の時代には、日比谷の入江であったと思われます。したがって往時、この高台は海岸にそそり立つ物見台として格好の地であったことがわかります。港区教育委員会の説明板によると、亀塚公園が平安時代に書かれた「更級日記」に見える竹芝寺の伝説地とも伝えられ、文明年間(1469年〜1487年)には、ここに太田道灌が斥候(ものみ)を置いた、と伝えられています。
公園の中央に、古墳のような小山すなわち亀塚があり、その上に大きな「亀山碑」という石碑があります。石に亀裂があって碑文は漢文なので読むのに苦労します。古老の言によると、山頂に酒壺があってその中に出入りした亀を土地の人が神に祀った、と記されています。亀塚の名前の由来です。よく意味がわからないまま何回も読んでいると、「道灌氏置斥候」の文字が目に入ってきて喜んでしまいます。この亀山碑は、江戸時代にこの地を屋敷地としていた沼田城主の土岐氏が建てたものです。往時は、ここから360度の眺望が可能で、海岸線はもちろん房総半島まで見えたそうです。
亀塚は亀の形をしていて、子供のあそびスペースには亀の乗り物がいくつもあるので笑ってしまいます。
亀塚.JPG     
(亀塚)
亀山碑.JPG
(亀山碑)
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(亀山碑文の中に「道灌氏置斥候」の文字)

すぐ近くに、亀塚稲荷神社があります。太田道灌が亀塚に物見台をつくったとき、亀の霊を守護神とし、この神社を創建したそうです。境内にある板碑は、文明三年の年号が刻まれているものであり、港区指定有形文化財です。
江戸城と亀塚とのちょうど中間地点すなわち現在のホテルオークラのあたりに、江戸城の出城跡である太田道灌塁跡があります。道灌は、その出城と亀塚の物見台で海辺の治安を維持し、江戸城下の通商の発展を計ったと思われます。

田町駅の反対側つまり亀塚の海寄り約半キロのところに「道灌かがり」という面白い名前のレストランがあります。この店の主人は、もちろん熱心な道灌ひいきで、「道灌は昔、このあたりの海岸で漁をしたとき、よくかがり火をたいた」という伝承があり、その故事にちなみ店の名を「道灌かがり」にしました、と語っています。
亀塚公園=東京都港区544‐16‐15
亀塚稲荷神社=東京都港区三田4‐14‐18
posted by otadoukan at 17:15| Comment(8) | 道灌の物見台、亀塚