2012年04月27日

柏市・道灌地名の由来(197か所目)

JR常磐線の千葉県柏市には、山手線の日暮里から急行に乗ると約30分できます。柏駅と北柏駅周辺には、道灌の名をもつ小字地名が9カ所もあります。柏市の豊四季に道灌坂、道灌掘、向道灌掘、根戸新田に道灌橋、松ヶ崎新田に道灌橋、西道灌橋、呼塚新田に北道灌橋、西道灌橋、南道灌橋といった具合です。柏市役所のHPでは「これらは近代に命名された地名とも考えられる。その起源については、今後の研究課題となっています」と記されています。
私は過日、最初に柏市の境根原古戦場、隣接する我孫子市の根戸城址を取材したので、今回は3回目の柏市訪問です。柏市にたくさんある道灌地名の謎を解くのが今回の目的です。北柏駅入口から大堀橋へきて、大堀川に沿って遊歩道をのんびり歩き、手賀沼へ向かいました。手賀沼にいたるまでの川沿いで約100名のおじさんたちが釣をしていました。釣り人は多いけれども、釣りあげている姿を、一度も見ませんでした。みなそれぞれ、土手の上や枯れ芦のかげなどお気に入りの場所を確保し、釣り糸を垂れて黙ってうきを見つめている姿は、ほとんど修行者のようでありました。
手賀沼の釣り人.JPG       
(手賀沼の釣り人) 
北柏ふるさと公園・南道灌橋.JPG
(北柏ふるさと公園・南道灌橋)
15分も歩くと手賀沼西端の「北柏ふるさと公園」にきます。湿地帯に木道の散歩道がつづき、ポピーが満開でした。実はこの公園の住所が、「柏市呼塚新田字南道灌橋」なのです。公園の中に小さな橋があるけれども、無名の橋でした。この公園から北柏駅の方へ歩くと、しばらく平地がつづき、やがて登り坂になります。
江戸時代の1727年(享保12年)から、手賀沼の新田開発がはじまりました。このあたりの地形と地名を考えあわせると、手賀沼や大堀川周辺の湿地帯を干拓して新田が作られたとき、当然、水路と橋がたくさんできたので、道灌橋や道灌堀の名がつけられたのだと思われます。他の道灌地名の場所も、大堀川の近くなので同様の事情です。しかし現在では、それらは地名のみで、実際の橋や堀などは確認できません。それにしても、当時の農民や為政者は、新田の各所に、なぜ敢えて道灌の名前をつけたのでしょうか。私は先ず、柏市立図書館へ行き、「柏市史」等の郷土資料に目を通しました。各種の郷土資料に目を通していると、私は意外なことに気づきました。それは境根原合戦にかかわることです。
境根原古戦場の塚.jpg  
(境根原古戦場の塚)
1478年(文明10年)12月、太田道灌は、都鄙の和睦に反対する千葉孝胤(のりたね)を退治して千葉自胤(これたね)へ味方するため、古河公方と交渉したあと、下総へ進発して国府台に仮陣をつくりました。12月10日、柏市の境根原で、道灌軍は孝胤軍と遭遇して激しい戦が行われました。「太田道灌状」には「合戦せしめ勝利を得」と簡潔に記されているけれども、それは境根原を中心に相当広い範囲で戦われた大激戦で、千葉氏方の木内氏,原氏などの重臣も討ち死にしています。私は道灌が、根戸城に隠していた足軽隊を出動させて勝利を得たと推測しています。道灌は、敵も味方も戦死者をねんごろに弔って塚を作ったと郷土史は伝えています。かつては境根原に数十の小塚があったけれども、昭和32年、この地の光が丘団地自治会が塚の整備を推進し、塚祭りで供養の儀式を行いました。今では団地内に、二基の大きな塚のみが、首塚、胴塚として残っています。
柏市の郷土史の諸資料には、太田道灌の境根原合戦が好意をもって記述され、柏市教育委員会編纂の「郷土かしわ」という郷土史の教科書にも、道灌が軍を進めた地域に道灌の地名が残っている、と説明されています。道灌が攻め込んだ他市町村の郷土史では、道灌は必ずしも好意的には記述されていませんが、柏市では意外にも、道灌がこの地域に好感を与えているかのようであります。その理由の一つは、道灌が戦死者を敵も味方もねんごろに弔った、ということのようです。第二に、江戸時代の1841年(天保12年)に「太田道灌雄飛録」が江戸で出版されてベストセラーになったので、道灌の人気がこのあたりまで伝わっていたのではないかと思われます。第三に、道灌と戦った千葉孝胤は主家を乗っ取った庶流の馬加(まくわり)千葉氏であったので、江戸時代の為政者が支持をしなかったのではないかとも思われます。かくて民衆は、新たに開発した田んぼの周りに、競って道灌の名前をつけたのだと思います。以上は、私の推測です。
柏市教育委員会でこのことを尋ねると、「よく理由はわからないけれども、新田を開発した当時の民衆が、道灌に好感を抱いていたからかもしれない」という曖昧な説明でした。
北柏ふるさと公園=千葉県柏市呼塚新田南道灌橋
境根原古戦場=千葉県柏市酒井根光が丘団地
根戸城址=千葉県我孫子市根戸荒追1341番外
posted by otadoukan at 16:05| Comment(6) | 柏市・道灌地名の由来