2012年10月21日

「富岡どんとまつり」の道灌山車

川越まつりと佐原の大祭での太田道灌の山車(だし)は、夙(つと)に有名です。しかし実は、その他いろいろなところで道灌の山車は登場しています。群馬県富岡市のどんとまつりでも毎年、道灌山車が登場しています。
JR埼京線、高崎線などに乗ると、東京都内から約2時間で高崎へ着きます。そして高崎から上信電鉄に乗りかえると、約40分で上州富岡へきます。今年の10月20日、富岡どんとまつりの日に、私が、鄙びた上州富岡駅に降り立つと、その日は上州名物からっ風も吹かず、澄みきった西の空に妙義山の奇岩がくっきりと見えました。
私は先ず、今般世界遺産への推薦が決定した富岡製糸場を訪れました。1872年(明治5年)に建てられた、木骨レンガ造りという和洋折衷の面白い建物は、一見の価値があります。製糸場前の通りは、どんとまつりの山車が集中するところです。富岡どんとまつりでは、どの山車もそれぞれの衣装で身をかためた男たちと子供で引かれ、太鼓と笛の音がたえません。富岡市の老若男女がみんなまつりに参加しているのではないかと思われるほどの、気の合った大賑わいです。私は、しばらく道灌山車をさがしたけれども見つかりません。市中には、21台の山車が処々方々を運行しているので、こういう時にめくら滅法に探しても疲れるだけです。道灌山車を運行している駅前組の事務所へ行き、道灌山車の現在位置を教えていただきようやくめぐり会いました。
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(富岡製糸場入り口) 

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(山車の出会い)
   
駅前組の道灌山車は、数十名の男たちや子供によって曳かれ、移動のときに道灌の人形は電線にあたらないように鎮座します。山車の先頭では、「山車運行責任者」と書いたたすきをかけて、ハンドマイクをもった貫禄のあるおじさんが先導しています。このおじさんは、山車を先導しながら、曳きまわしで事故が起きないように、綱をひく子供たちが交通事故に遭わないように絶えず目配りをしているので、相当気骨が折れる役目を担っています。
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(山車の太田道灌) 
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(道灌山車・中央)

私は休憩のときに、「山車運行責任者」のおじさんにいろいろ尋ねました。それによると、富岡の道灌山車のいわれは次のようです。
30年ほど前に、駅前組の町内の者が集まり、山車の人形をどうするか相談しました。その結果、山車の人形は、太田道灌に決まったということです。この地に道灌が来たという記録はないけれども、道灌に親近感を持つものは多かったということです。1477年(文明9年)、上杉軍と道灌軍は古河公方・長尾景春連合軍と対峙しながら、群馬県の荒牧原(前橋市)、塩売原(富士見村)、広馬場(榛東村)などを目まぐるしく動きました。したがって、この地の記憶に太田道灌が留まっていたのでありましょう。
どんとまつりの山車21台は、夕方になると、祭り本部のある富岡小学校の前に集結します。その光景は、まことに圧巻なので是非見るようにと、土地の人々に勧められましたが、残念ながら私は、帰路をいそぐため日暮れ前に富岡を後にしました。
道灌山車は、その他に、本庄市、上尾市、掛川市の祭りでも登場します。私は、各地の道灌山車を追いながら、しみじみと感ずることは、山車は、その地の老若男女のこころを和合させて一つにまとめる不思議な力をもっているということです。毎年祭りで、笛を吹き太鼓を打ち、山車を曳いて歓声をあげる人々の姿の中には、日本人の原風景ともいうべきなつかしい故郷の安堵感があります。
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(子供たちが、太鼓を打ち、笛を吹く)
富岡製糸場は、国指定史跡、国指定重要文化財、ユネスコ世界遺産暫定リスト記載です。
富岡どんとまつり実行委員会=群馬県富岡市富岡富岡市役所観光課
富岡製糸場=群馬県富岡市富岡1番地1