2013年06月01日

道灌の宝刀・久国神社

東京都港区六本木に久国神社があります。六本木の交通網は複雑なので、さがすのに少々苦労します。
この神社の御由緒には、次のように記されています。
「当社は元千代田村紅葉(現皇居内)に鎮守されていましたが、長禄3年(西暦1457年)太田道灌江戸城築城につき、寛正6年、(西暦1465年)溜池に城皇の鎮守として遷座され、のちに、久国作の刀が寄進されましたので久国神社と称しました。」
当社は、その後1741年(寛保元年)に六本木へ遷座され、1874年(明治7年)に青山火災の類焼にあい、さらに1945年(昭和20年)に太平洋戦争の空襲で全焼したけれども、久国の名刀は守られ、1953年(昭和28年)に社殿が再建されました。
勝海舟筆の額.JPG     
(勝海舟筆の額)      
久国神社.JPG
(久国神社)
宮司の説明によると、太田道灌奉納の久国作の名刀は、桐の箱に収められた、約三尺の長刀で、秘蔵しているため、一切公開していないということです。年に一度、この名刀をさる所で磨いてもらっているということです。
この神社の額は、勝海舟筆で、神像は高村光雲作です。境内には、その名前のためか、「国威宣揚」と彫られた碑があります。
妙義神社(豊島区)に奉納された太田道灌の名刀菊一文字は、先の大戦の空襲で焼失したので、当社の久国の名刀は貴重です。私は、是非一度、記念のときに、当社の久国の名刀を公開してください、とお願いしました。
久国は、京都東山で栄えた粟田口一門の名匠です。江戸時代の刀剣解説書「懐宝剣尺」のなかで、久国は美術的価値で古刀最上位にランクされています。現在、この神社の久国の名刀は一切公開されていないので、この名刀を見たいという人たちが神社に押し寄せてきては宮司が困惑します。したがって、当社の住所とアクセスは記さないでおきます。
港区にはその他に、太田道灌江戸築城の際に遷座した西久保八幡神社(虎ノ門)と太田道灌が勧請したと伝えられる麻布氷川神社(元麻布)があります。
posted by otadoukan at 10:04| Comment(7) | 道灌の宝刀・久国神社