2013年12月28日

飯能の高指山(熊倉城とその周辺・補遺)

私たちは過日の熊倉城址探訪の際に、熊倉城に隣接する高指(たかさす)を、熊倉城の見張り台と考えました。そして私はさらに、熊倉城本体の本郭と第二郭などが、元々は高指と呼ばれていた焼き畑農地であったのではないかと推測しました。この点に関連して若干の補遺を記します。
柳田国男氏の「地名の研究」(角川書店)の一節に次にようにあります。「関東四周の山地には、サスという語とソリという語があり、前者はやや狭く武蔵・相模くらいに限られている。ソリを動詞にしてソラスというのが、荒らすことである。あるいは一つの行為の裏と表とで、三年と五年と山を畑にして作るのがサス、それを樹林地にもどすのがソラスであったかもしれない」と。
先日、飯能の郷土史家から、飯能市に高指山(たかさすやま)というところがあると聞いたので、私は早速、車で行ってみました。西武新宿線の高麗駅から、国道299号線を西方に1キロほど行き、高麗川に沿って右折し、500メートルもいくと、高指山、日和田山への案内板があります。そこを左折し、曲がりくねった山道を1キロも登ると高指山へきます。

高指山テレビ搭.JPG
 高指山のテレビ塔 
高指山.JPG 
 高指山頂上
高指山は、ハイキングコースの途中にある高台で、現在そこにはテレビ搭とその関連施設が建っているので入ることはできません。しかしその地形は、つぶさに見ることができます。ここの高指山もその頂上はやはり、30アールくらいの平場であるから、昔は、焼き畑農地であったと思われます。
柳田国男氏によると、地名に宛てる文字については、用字法とかかわりない、無理な宛て字がいくらでもあるということです。音声の転訛や誤謬により、意味不明の地名になっていることも多いということであります。
「太田道灌状」の冒頭にでてくる「秩父高佐須」が、熊倉城を指すか塩沢城を指すかについては、双方の隣接地に高指という場所があり、郷土史家のあいだでも種々の議論があるので、それについての考察は他日に譲ります。