2017年04月26日

新宿の玉ちゃん

さて、東京都庁の近くの通称「三角ビル」こと新宿住友ビルデングの前の広場に黒猫の石像があります。台座の説明版に曰く、

  ひとにいのちあれば ねこにもいのちあり
  江戸の里をひらきし太田道灌
  この地の北でいくさに敗れ
  あわやいのちを失わん時
  一匹のねこあらわれにげ道をあんない
  いのちをとりとめ江戸を開いた
  なれどこのかくれた江戸の恩猫も
  ねこなるゆえに名ものこらぬはふびん
  江戸のいゝたま玉ちゃんと名づけ
  のちのちまでの江戸のまもりとす
        つくりびと  流 政之
         ねこの生まれ 文明狂年

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(写真は新宿三角ビル前の黒猫玉ちゃん)
  
丸の内の旧都庁舎の前に立っていた太田道灌の銅像は、現在東京フォーラムの中に立ち江戸城を見つめています。私は、新都庁舎の前にも太田道灌の銅像が欲しいなあと残念がっていたら、都庁横の広場で黒猫の玉ちゃんに出会い慰められました。今もやはりひそかに黒猫が道灌を助けています。玉ちゃんが両手でしっかり抱いている大きな玉は、いったい何の玉なのでしょうか。
新宿住友ビル=東京都新宿区西新宿2―6―1

2009年03月04日

自性院の道灌招き猫

地下鉄都営大江戸線の落合南長崎駅で下車して、新青梅街道を3分も歩くと小判を持った大きな招き猫のある門柱に気づきます。そこを左折すると通称猫寺こと自性院です。赤い山門のそばに立派な猫地蔵堂があります。
1477年(文明9年)の江古田が原の戦いの際、日暮れて道に迷った太田道灌の前に一匹の黒猫が現れて一行を自性院へ案内しました。道灌はそこで一夜を過ごすことができたため戦に勝利したということです。
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(自性院門柱の招き猫)

このお手柄猫は猫地蔵となり、毎年節分のとき猫地蔵堂で参詣者を迎えてくれます。会った人の話では、猫の顔は道灌にあやかる江戸の庶民になでられ続けたため磨り減って丸くなっているということです。
自性院から江古田はすぐ近くであるから、江古田が原へ向かった道灌は確かにこのあたりを通った可能性があります。このような伝承ができたということは、道灌が民衆の支持を受けていたため、随所で名もなき人々の支援を受けて苦境を脱したということです。
伝承はともかく私がもっと注目したものは、この寺にあるという私(し)年号(ねんごう)の板碑です。新宿区教育委員会の説明板によると、道灌が駆け抜けた混乱の時代には、室町幕府の力が弱ったため、関東の豪族や寺社は勝手に年号を決めました。この寺の板碑に記された私年号「福徳元年」は「延徳2年=1490年」のことです。この「福徳」という私年号には混乱のなかで現世安穏をひたすら願った民衆の思いが込められています。この板碑は新宿区指定有形民俗文化財です。
自性院=東京都新宿区西落合1-11-23